問題 77 正答 4
1 誤り。
糸賀一雄は,戦災で家族を失った浮浪児や知的障害のある子どもたちを支援することを目的として近江学園を設立した。その中で,子どもの発達に基づいた支援の重要性を述べ,のちに近江学園研究部の田中昌人がこの考えを発展させて「発達保障」を提唱した。また,糸賀は近江学園での実践を『この子らを世の光に』という著書にまとめたことでも著名である。
(『新・社会福祉士養成講座⑥相談援助の基盤と専門職(第3版)』中央法規出版,2015年(以下『相談援助の基盤と専門職』中央法規出版),p.129,京極高宣監修『現代福祉学レキシコン』雄山閣出版,1993年(以下『現代福祉学レキシコン』雄山閣出版),p.287)
2 誤り。
小河滋次郎は,大阪府において大阪府知事林市蔵のもと方面委員制度を創設した。本制度では,名誉職として知事より委嘱を受けた方面委員が,担当する小学校通学区域内の住民の生活状態調査等を行い,適正な救済の実施を目指した。この方面委員制度や岡山県知事であった笠井信一が創設した済世顧問制度が,のちの民生委員制度となった。
(『相談援助の基盤と専門職』中央法規出版,p.66,仲村優一・一番ヶ瀬康子・右田紀久恵監修『エンサイクロペディア社会福祉学』中央法規出版,2007年(以下『エンサイクロペディア社会福祉学』中央法規出版),pp.175~176)
3 誤り。
片山潜は,イギリスでセツルメント運動に尽力したトインビーの影響を受け,日本で初めての隣保館であるキングスレー館を開設した。日本における有名なセツルメント運動としては,賀川豊彦が関西のスラム地区に住み込んで労働組合を組織した協同組合運動があげられる。
(『相談援助の基盤と専門職』中央法規出版,pp.56~60,『エンサイクロペディア社会福祉学』中央法規出版,p.169,p.279)
4 正しい。
毎日新聞の記者であった横山源之助は,貧困者生活への参与観察を行い,1899年(明治32年)にまとめた『日本の下層社会』に大都市下層社会の実態を描いた。1880~90年代は日本の産業革命期にあたり,農業社会から工業社会への転換が生じる中で,都市及び農村において下層社会が形成されたため,ほかにも多くの貧困に関する調査が行われたのが特徴である。
(『現代福祉学レキシコン』雄山閣出版,p.6,p.244,『エンサイクロペディア社会福祉学』中央法規出版,pp.175~176)
5 誤り。
岡村重夫は,著書『社会福祉原論』で,すべての個人が社会人として生活していく場合に,避けることのできない要求を「社会生活の基本的要求」とした。また,その内容を,「経済的安定」「職業的安定」「家族的安定」「保健・医療の保障」「教育の保障」「社会参加ないし社会的協同の機会」「文化・娯楽の機会」の7つに要約した。
(岡村重夫『社会福祉原論』全国社会福祉協議会,1983年,p.82)
問題 77 正答 4
1 誤り。
糸賀一雄は,戦災で家族を失った浮浪児や知的障害のある子どもたちを支援することを目的として近江学園を設立した。その中で,子どもの発達に基づいた支援の重要性を述べ,のちに近江学園研究部の田中昌人がこの考えを発展させて「発達保障」を提唱した。また,糸賀は近江学園での実践を『この子らを世の光に』という著書にまとめたことでも著名である。
(『新・社会福祉士養成講座⑥相談援助の基盤と専門職(第3版)』中央法規出版,2015年(以下『相談援助の基盤と専門職』中央法規出版),p.129,京極高宣監修『現代福祉学レキシコン』雄山閣出版,1993年(以下『現代福祉学レキシコン』雄山閣出版),p.287)
2 誤り。
小河滋次郎は,大阪府において大阪府知事林市蔵のもと方面委員制度を創設した。本制度では,名誉職として知事より委嘱を受けた方面委員が,担当する小学校通学区域内の住民の生活状態調査等を行い,適正な救済の実施を目指した。この方面委員制度や岡山県知事であった笠井信一が創設した済世顧問制度が,のちの民生委員制度となった。
(『相談援助の基盤と専門職』中央法規出版,p.66,仲村優一・一番ヶ瀬康子・右田紀久恵監修『エンサイクロペディア社会福祉学』中央法規出版,2007年(以下『エンサイクロペディア社会福祉学』中央法規出版),pp.175~176)
3 誤り。
片山潜は,イギリスでセツルメント運動に尽力したトインビーの影響を受け,日本で初めての隣保館であるキングスレー館を開設した。日本における有名なセツルメント運動としては,賀川豊彦が関西のスラム地区に住み込んで労働組合を組織した協同組合運動があげられる。
(『相談援助の基盤と専門職』中央法規出版,pp.56~60,『エンサイクロペディア社会福祉学』中央法規出版,p.169,p.279)
4 正しい。
毎日新聞の記者であった横山源之助は,貧困者生活への参与観察を行い,1899年(明治32年)にまとめた『日本の下層社会』に大都市下層社会の実態を描いた。1880~90年代は日本の産業革命期にあたり,農業社会から工業社会への転換が生じる中で,都市及び農村において下層社会が形成されたため,ほかにも多くの貧困に関する調査が行われたのが特徴である。
(『現代福祉学レキシコン』雄山閣出版,p.6,p.244,『エンサイクロペディア社会福祉学』中央法規出版,pp.175~176)
5 誤り。
岡村重夫は,著書『社会福祉原論』で,すべての個人が社会人として生活していく場合に,避けることのできない要求を「社会生活の基本的要求」とした。また,その内容を,「経済的安定」「職業的安定」「家族的安定」「保健・医療の保障」「教育の保障」「社会参加ないし社会的協同の機会」「文化・娯楽の機会」の7つに要約した。
(岡村重夫『社会福祉原論』全国社会福祉協議会,1983年,p.82)
問題 77 正答 4
1 誤り。
糸賀一雄は,戦災で家族を失った浮浪児や知的障害のある子どもたちを支援することを目的として近江学園を設立した。その中で,子どもの発達に基づいた支援の重要性を述べ,のちに近江学園研究部の田中昌人がこの考えを発展させて「発達保障」を提唱した。また,糸賀は近江学園での実践を『この子らを世の光に』という著書にまとめたことでも著名である。
(『新・社会福祉士養成講座⑥相談援助の基盤と専門職(第3版)』中央法規出版,2015年(以下『相談援助の基盤と専門職』中央法規出版),p.129,京極高宣監修『現代福祉学レキシコン』雄山閣出版,1993年(以下『現代福祉学レキシコン』雄山閣出版),p.287)
2 誤り。
小河滋次郎は,大阪府において大阪府知事林市蔵のもと方面委員制度を創設した。本制度では,名誉職として知事より委嘱を受けた方面委員が,担当する小学校通学区域内の住民の生活状態調査等を行い,適正な救済の実施を目指した。この方面委員制度や岡山県知事であった笠井信一が創設した済世顧問制度が,のちの民生委員制度となった。
(『相談援助の基盤と専門職』中央法規出版,p.66,仲村優一・一番ヶ瀬康子・右田紀久恵監修『エンサイクロペディア社会福祉学』中央法規出版,2007年(以下『エンサイクロペディア社会福祉学』中央法規出版),pp.175~176)
3 誤り。
片山潜は,イギリスでセツルメント運動に尽力したトインビーの影響を受け,日本で初めての隣保館であるキングスレー館を開設した。日本における有名なセツルメント運動としては,賀川豊彦が関西のスラム地区に住み込んで労働組合を組織した協同組合運動があげられる。
(『相談援助の基盤と専門職』中央法規出版,pp.56~60,『エンサイクロペディア社会福祉学』中央法規出版,p.169,p.279)
4 正しい。
毎日新聞の記者であった横山源之助は,貧困者生活への参与観察を行い,1899年(明治32年)にまとめた『日本の下層社会』に大都市下層社会の実態を描いた。1880~90年代は日本の産業革命期にあたり,農業社会から工業社会への転換が生じる中で,都市及び農村において下層社会が形成されたため,ほかにも多くの貧困に関する調査が行われたのが特徴である。
(『現代福祉学レキシコン』雄山閣出版,p.6,p.244,『エンサイクロペディア社会福祉学』中央法規出版,pp.175~176)
5 誤り。
岡村重夫は,著書『社会福祉原論』で,すべての個人が社会人として生活していく場合に,避けることのできない要求を「社会生活の基本的要求」とした。また,その内容を,「経済的安定」「職業的安定」「家族的安定」「保健・医療の保障」「教育の保障」「社会参加ないし社会的協同の機会」「文化・娯楽の機会」の7つに要約した。
(岡村重夫『社会福祉原論』全国社会福祉協議会,1983年,p.82)